10センチ上の世界

洗面所の流しの前に置いてある子供用のステップ。
高さ10センチくらいのそれに乗って、歯磨きをする。
歯磨きをしながら、あたりをきょろきょろと見まわす。
たった10センチ背が高くなっただけなのに、洗面所の風景はまるで違う。
娘が入ってきて「お、パパなんかでかくなったんじゃない?けけけけ」と笑う。
そういうおまえこそ、ここからだとかなりちっちゃく見えるぞ。
鏡に映る自分も普段とは違うトリミングなので、なんかちょっとスマートに見える。
ぼくは165センチで、残念ながら日本人の平均からは大きく下回る身長だ。
今や、なんの引け目も感じてはいないが、ときどき、そう子供用のステップに乗って歯磨きをしてるときなんかに、ぼくが背が高かったらぜんぜん違う人生だったかも、とか思う。
ぼくより10センチ背が高い人は、世界がちょっとだけ違うふうに見えているだろう。
20センチ高い人は、それともまた少し違った風景を見てるはず。
大きい人たちばかりの国と、小さい人たちばかりの国をくらべたら、考えかたもずいぶん異なろう。
そんなふうに、まったくささいな偶然のもと、ぼくらはみんなちょっとずつ違う世界をシェアしてるのだ。
宗教や国境や肌の色以前の、10センチ程度の違いをシェアしている。
歯磨きをして口をゆすぐ数分感の世界的考察。
ステップから降りると、また元の世界へ戻った。