日記

京都の崖書房で買ったロバート・ジョンソンの詩集を読む。
ぼくが持ってるレコードに付いてた歌詞カードは、いつからか失くなったままだ。
ロバート・ジョンソンの震えが来るようなブルースがたまらなく好きだ。
そのリリックは、人生の光の当てられない場所にずーーーっと焦点をしぼってゆく。
1930年代のミニマル・ミュージック
明るい真冬の真っ昼間、ふと耳元でナイフを研ぐ音が聴こえて、それはすぐに風に乗って消えて行った。
彼のスライドギターは、ぼくにはそんなふうに聴こえる。
またはゴーストタウンでキイキイと鳴る廃屋のドアの音。
敗北感と悪意と笑えないユーモアが支配する色のないゲットーを漂う食べ物の匂い。
こんなに奇妙で恐ろしい場所が、東京で気持ち良く暮らすぼくをどうしようもなく魅了する。
それもブルースの魔力だろう。
彼はうわずった甲高い声でこんなことを歌う。

目が覚めたら
ブルースが人間みたいに歩いてた
今朝起きたら
ブルースが人間みたいに歩いてた
しょうがねえなあ、おいブルース
右手を出しな
ブルースが降り注ぐんだ、世間知らずなこの俺に
俺をひどい目にあわせてるんだよ
ブルースが降ってくる、青臭いこの俺にな
さんざんな目にあわされてるよ
旅に出るさ、振り返ってもしょうがない
ブルースには寒気がするよ、下劣でぞっとする
そうだよ、今やつらを説教してるんだよ
ほんと、寒気がする
あんた、ブルースを知らないんなら
悪いことは言わない
知らないままの方がいいぜ
ブルースは忌々しい病気だ
ためしてみな、欲しいんだろ、言ってみなよ
ブルースは忌々しい腐った病だ
まるで肺病だ、俺はきっと死ぬ
わかってる、ブルースが降ってることは
でも俺は払い落としてやる
よくわかってるよ、ブルースはずっと俺に降り注いでる
だから、振り払うのさ
どんなときも、寄せ付けないのさ。
『説教ブルース』

蛇が自分の尾を呑み込んでる例の絵を想い出す。その悲しみは文学的というよりは、数学的に冷徹である。
ロバート・ジョンソン。ロックン・ロールの決定的な始祖。29の曲を残し1938年に27歳で死んだ。
ぼくは、ロックがこの地平から出発してることをもう一度確認しておこうと思う。

夜、下北のカフェでコーヒーを飲んでいた。
日付が変わる直前に割と大きな地震が来て、店内の天井からぶら下がった照明器具を揺らした。
東京の終わりをふと感じる瞬間。
だけど今夜も、その手前で引き返す。