日記

明け方タクシーで家へ帰る。

夕べはオールナイト・イベント、恵比寿のみるくでDJやってちょっとうたった。
3晩連続のライブでほんとにくたくたになった。超重いDJバッグをトランクに積んで、タクシーのシートに深々と座りこむ。かなり消耗していることが自分ではっきりとわかる。ねむりたい。
タクシーの運転手さんは60歳ぐらい。きれいに禿げ上がって、眼鏡をかけたごく普通のおじさん。ちょっとひとの良さそうな。
そしてこういうときに限って、疲れ切って喋る気力もないときに限って、タクシーの運転手さんは話しかけてくるのである。
「Mr.DJですか?」と。温和な口調で。
「はぁ」と、ぼく。めんどくさい、と思いながら。Mr.DJってソウル・ミュージックでは常套句だよな、とふと考えるが。
すこし間をおいておじさんは言う。「最近だとレゲエとかヒップ・ホップですか?」。
「いやぁ、そういうのとはちょっとちがうんですけどねぇ・・・」。ぼくはわざと語尾をはっきりさせずに答える。疲れてることを伝えたいから。
「じゃぁ、ソウル?」。
「まぁ、ソウルとか」。
「ソウルの神様ジェイムス・ブラウンなんかもやっぱり聴かれるんですか?」と彼。
ぼくは「いやぁ、聴きますねぇ。基本ですからねぇ」と言い、これは家に着くまでずっとお喋りだぞ、と思う。
運転手さんはこう言った。「彼はゴッドファーザー・オブ・ソウルですからね」。
その通り。
このごく普通の60代に見える温厚そうなおじさんはつまり、音楽にかなり詳しい運転手さんだった。それでぼくらはいろんな話をした。音楽の話、最近のターンテーブルの話、そしておじさんがかつて通った赤坂の伝説のディスコ「MUGEN」の話。
そして彼は大分出身で、ぼくの妻の実家も大分にあるんですよ、とか、ぼくは四国出身なんですと言えば、彼の兄弟が四国に就職する時に九州から愛媛まで見送ってそこで食べた伊予柑が忘れられなくおいしかった、とか。

そうこうしてるうちに、ぼくらを乗せた車は目的地へ辿りつく。
運転手さんがぼくにこう言ってくれた。
「こういう仕事は本当に大変な仕事ですからね。がんばってくださいね。外へ出たらみんながライバルだと思ってね」。
そしてにっこり微笑む。
ぼくは「ありがとうございます。がんばります」と答える。この言葉を胸のなかにしまってとりあえずこの先がんばろう、とぼくは思う。

彼は最後に、ゆっくりとこう言った。
「どうもありがとうございました。またどこかでお逢いしましょう」。