日記

チッタでのライブ。
始まってすぐ、最前列、ケニーの真ん前に、前つき合ってた恋人にそっくりの女性を見つける。
ちょっと待ってよ。あの娘は外人さんとのあいだに子どももいて、ヨーロッパで暮らしてるはず。
こんな川崎くんだりにいるはずない。
しかしそこにいる、ベージュの柔らかそうなカーディガンを着て、カメラを抱えて、こっちを見ながら微笑んでるのは、20代のころ毎日見たあの顔に違いない。
一瞬、胸がつまりそうになる。

サニーデイのときのライブには、いつも彼女はそこにそうやって立ってた。
その照れたような目元が、ハリケーンのようなフラッシュバックを巻き起こす。
今、こうして歌うぼくのことを、彼女はどんなふうに思うだろう。
ぼくは、追い上げてくる過去から逃げ切ろうと、スピードを上げる。
演奏も歌もどんどんヒートアップしていく。
亡霊を振り切るように、激しく体を動かす。流れ落ちる汗。
ハートは燃えそうになっている。
頭ん中を、過去と未来が火花を散らしてチェイスしている。

無我夢中のまんま、ライブが終わった。
たった35分のライブだったのに、ステージを降りたときは、心底ぐったりしていた。

ぼくはケニーに言う、「前の彼女が来てたよ」。
「え?どこに?」
「おまえの真ん前。ベージュのカーディガン」
ケニーが笑いながら言う「あぁ、違いますよ、ぜんぜん」
ぼくは間抜けな顔で「ほんと?」と言うしかなかった。
「ま、言いたいこと、分かりますけどね」と笑いながら返すケニー。

そのときぼくは、最前列にいた元恋人が、つきあっていた当時とまったく変わらぬ若さだったことを思い出した。
いくらなんでももうちょっと大人な感じになってるはずである。
それにぼくは視力0.01くらいだ。人の顔が判別できるわけない。

行き場のない想いと、幻の再会。
そんな夜に、映画『マグノリア』のなかのセリフを思い出す。
「いくら過去を捨てたと思っていても、過去は必ずきみを追いかけてくる」。