dream letter

今ぼくはスタジオのロビーでこの文章を書いています。
ここふた月ほどずっと、ぼくは鈴木慶一さんのレコーディングを手伝っているのです。

鈴木慶一さんと言えば、そう、あなたはおぼえているでしょうか。
いつかの冬の日の明け方頃、彼が昔歌った「塀の上で」という曲をふと聴いて、あなたが突然泣き出してしまったことを。
そのあと何度か女性が歌を聴いて不意を打たれたように泣いてしまうのを見ましたが、そのときはそんなこと初めてで、ぼくはとても驚いて何もできずにたじろいでしまったのでした。
あのときから実はぼくのなかに、「いつかは自分もそんな歌を書いてみたい」という欲望が生まれたのを、あなたは知らないと思います。

この「おはよう」というアルバムに、そんな曲はあるでしょうか。いや、それは最後までわからないことでしょうね。
以前言ったぼくのあたらしいレコードのことです。

前の手紙に最初のふたつの曲について書いたので、今日はほかの曲に触れようと思います。

三曲目に入っているのは、組曲です。
組曲というとおおげさで古くさいように聴こえますが、これはシンプルでかわいい組曲です。子供のための組曲なのです。「雨の日の子供たちのための組曲」といいます。
ぼくたちにも子供ができます。
ヘンな感じですが、そうなのです。
そしてぼくたちは、自分が子供のときに持った大人のイメージからは、ちょっとずれてるでしょ?
子供との関係は、そんなふうにいつも不思議です。
自分がもういちど生まれたような気にもなってしまいます。
この曲は、雨の降った日に、生まれた瞬間のようにキラキラと濡れた世界の真ん中で遊ぶ子供たちの歌です。

次の曲は「太陽のある風景」という曲。
まぶしい夏の日の風景。
街・太陽・ブックストア・男・女・カップル・車・なんでもない一日。
ぼくはそんな真夏の風景を歌にしがちですね。

そして「砂漠」という曲で、このアルバムの第一部が終わります。
この曲はぼくがすごく気に入っている一曲です。
歌を作ることについて、ここ何年かでおぼえたことの多くをぶつけた意欲作です。
ぼくたちは物質にあふれた素敵な街に住んでいますが、ときに、まるで砂漠の中で暮らしてるような気分になる瞬間はありませんか?
恋しているのに、失恋しているような。
これはそんな曲です。


お、スタジオからぼくを呼ぶ声がします。
また今夜もあたらしい歌が仕上がったようです。

それではぼくは行きます。

また、別の夜に。



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