友部さんのこと

夕べはライブの後、小さな料理屋で軽い打ち上げがあった。
座敷で、ぼくは友部さんの向かいに座った。

友部さんは寡黙だ。だけどクールな印象はまったくない。
ぼくがビールをお酌すると「ありがとう」と言って、友部さんもぼくのグラスを満たしてくれ、そして「あとは手酌でいきましょうね」と微笑んで言った。


友部さんはなにも纏わずそこにいる。言葉はそれが必要だったときに限って彼のまわりに雲のようにふっと現れる。
それはすぐに消えて、またなにも纏わない友部さんに戻るが、ぼくのなかにはその雲が作った影が、しばらく残る。存在すべき本当の言葉だからだ。
そんな言葉を重ねあわせたのが友部さんの音楽である。


訊いてみたいことがいくつかあった。
だけど、そんなぼくの質問に答えるために友部さんに言葉を紡いでもらいたくもなかったので、黙っていた。
ひとつたずねた。
歌をレコーディングするときは、何テイクも録りますか、と。
でもぼくはその答えをほとんど知っていた。
友部さんの録音された歌はどれも、最初にそれが歌われた瞬間の必然性と喜びにあふれていて、それはレコードを聴けばすぐわかることだからだ。
友部さんは「録ります」と言った。
だからぼくは、「でも、大抵は最初に歌ったやつがいいのじゃないですか?」と言った。
友部さんは「そう、大抵はね」と言う。
ぼくが、じゃあなんで何度も録るんですかと訊いたら、「もっと良いのが録れるんじゃないかと思って」と答えた。
この会話をぼくはずっと覚えていると思う。



今日、神戸を散策しているときに入った中古レコード店
コレ以上ないというくらい雑然とした店内の壁のレコードとレコードの隙間から友部さんがこちらを見ていた。
引っぱってみると、ずっと欲しかった『どうして旅に出なかったんだ?』という、回収されたアルバムだった。
高かったけど、ここで買うことになっていたのだと思い、そのレコードを買って、雑然とした店を出た。


身軽になりたいなぁ、と思いながら、両手いっぱいの荷物を抱えて、新幹線で東京へと戻って来た。