日記

 ライブ三昧の週末が過ぎて、今朝の東京の空は少しの湿度をともなって、穏やかに晴れている。
 もう何日か経ってしまったが、今日はこのことを書き留めておこう。忘れないうちに。忘れないように。

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 スコットランドから来た旧友たちとの再会。

 トラッシュキャン・シナトラズは、19歳だったぼくのハートをわしづかみにしたバンドだった。1990年。忘れもしない、岡山のグリーンハウスという輸入盤屋さんにぼくが注文していた『CAKE』という彼らのデビューLPが入荷した日のことを。その日はとても晴れてたと思う。そのアルバムは当時、音楽誌のレビューなんかでは「ついに現れたネオアコの救世主」的な扱われ方で静かな話題を呼んでいたのだ。ぼくはそれらを読んで、直感的に、これは大好きになる音楽だということが分かっていた。だからやっと訪れたその日、ぼくは届いたばかりのアナログを抱えて、予備校の授業をすっぽかして家にすっ飛んで帰ったんだ。晴れわたった昼下がり。彼らの音楽は、紅く滲んだ記憶の断片のような色彩のジャケットに包まれていた。ときはストーン・ローゼズが牽引して行くエクスタシーにまみれたマンチェスターの時代に突入しようとしていた。
 家に帰ってレコードに針を落とす。田舎に降りそそぐ陽光のようにきらめくアコースティック・ギターの音がぼくの脳を満たす。これだ。とにかくこれだ。ぼくは何度も何度もレコードのA面とB面をひっくりかえしては、そのレコードを聴き続けた。とにかく当時のぼくは世界のすべてをそこに観たんだ。
 これが彼らとぼくの世界が繋がった日の記録。

 それからしばらくしてぼくは田舎の町を出て、東京でミュージシャンになった。サニーデイ・サービス。ちょっとトラッシュキャン・シナトラズに似たグループ名だと思っていた。自分の音楽を作りながらも、ずっとトラッシュキャン・シナトラズの音楽を聴いていた。『CAKE』。『I'VE SEEN EVERYTHING』。つまるところ、彼らの音楽さえあればいい、とやっぱり思っていた。
 1996年に彼らが東京に来たとき、ぼくは意を決して彼らに会いに行くことにした。そのころはぼくもちゃんと音楽を作っていたからね。そう、日本のミュージシャンで彼らをいちばん愛してるのはオレだ、というヘンな自身を持って。

 そうやってトラッシュキャン・シナトラズとサニーデイ・サービスは、ついに!友だちになったんだ。
 ぼくらはスコットランドの田舎、キルマーノックというちいさな街にある彼らのスーパー・メロウなスタジオでセッションをしたりハッパを巻いたり隣にあるパブでビールを飲んだり街を歩いたり中古レコードを漁ったりした。そしてぼくらは東京のでっかいスタジオでレコーディングしたり下北の居酒屋で日本酒を飲んだり狭いぼくのぼろアパートでだべったりさらに1999年には東京と福岡と大阪をツアーしたりもした。
 ぼくにとってこれらのことは、夢が強い意志をともなって現実になることの証明だったし、その美しさを知ったことだったし、そしてそしてなによりも最高に素敵なありえない出来事だったんだ。
 
 それからまたしばらくして。サニーデイ・サービスは活動を止め、トラッシュキャン・シナトラズは長い長い沈黙の季節に入る。ぼくはといえばずっとつきあってたガールフレンドと別れ今の奥さんと結婚し娘ができてソロでアルバムを作りレーベルも作った。いろんなことがあった。トラッシュキャン・シナトラズにもいろんなことがあった。きっと。そして、彼らとぼくとの連絡はぷっつりと途切れてしまった。糸が切れたカラフルな凧が空に飛んで行ってしまうように。
 でも、ぼくの机の上から彼らと一緒に撮った記念写真がなくなることは一度もなかったよ。6年もの間、ぼくらは写真立ての中にいてキルマーノックの彼らのスーパー・メロウなスタジオの玄関でみんなでこちらを向いてずーっと笑っていた。

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 夜の渋谷。2005年5月20日サニーデイ・サービスの3人とトラッシュキャン・シナトラズの5人は居酒屋の座敷で再会する。熱い抱擁を交わした瞬間、いろんな質問もぜんぶ用無しになる。永遠の友だち。言葉はあいかわらずちょっと通じにくいけどね。

 翌日のライブ。渋谷クラブクアトロ。彼らのライブを初めて観た場所。彼らと初めて一緒にステージに立った場所。ライブ中ぼくは19歳のときに戻ってしまったんじゃないかと思うくらい、ドキドキしっぱなしだった。そしてアンコール。ぼくたちはもう一度ステージに一緒に立つことができた。
 フランク、ジョン、ポール、ステファン、デイビッド、どうもありがとう。そして、SEE YOU SOON!!
 
 巡りゆく季節のなかで。 


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